藤蔓と水窪

こんにちは   スタッフの神川です。

新緑の眩しい季節ですね。

水窪に向かう152号線の山の中に薄紫が目立つようになってきました。

山藤の花です。

フジが増えるのは蔓が絡まり山が荒れている様子でもあるようです。

さて、水窪ではそんな藤蔓が重宝にされていた時代がありました。

水窪は米作りが不向きな土地でしたからワラ製品もつくることができなかったのでしょう。

かつて天竜川の水運が盛んだった頃に筏を組むために藤の蔓を利用したそうです。

そのほかにも、藤蔓の木皮を織って繊維にしていたと記録があります。

フジだけで織った藤布をコギノといい、木綿糸を一緒に織り込んだものをザッコというように

その織り方で呼び方は変わっているようです。

木綿は高価でした、そのため山で藤蔓をとってきて布を織り、衣類や袋を作りました。

そういえば、西浦田楽で能衆が「君の舞」のときに身に着ける「水干」も

藤布でできているそうです。

水窪民俗資料館にある展示資料は近年まで藤布を織る技術があったことを伝えています。

藤布でできた作業着も展示されていましたが衣服としては粗末に見えます。

そういえば、大正時代から昭和初期にかけて青崩峠を越えて出稼ぎに行った

女性たち、いや尋常小学校を卒業したばかりの少女たちのことを聞いたことがありますが

彼女たちは上質の絹の糸を取りながらもその繊維を身にまとうことはなかったのです。

藤の花を見ると貧しい村の歴史を思い浮かべ切ない気持ちになりますが

身近で手に入るフジは水窪の暮らしの必需品であり、活用法は人々の知恵だったと言えます。

そうやって眺めると優しく風に揺れる薄紫には健気さそのものを感じます。

山藤は今が満開です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

参考資料  民俗資料緊急調査報告書「水窪」

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